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zoom RSS 鑑賞録(2) 映画「12人の怒れる男」(ロシア2007年製作)

<<   作成日時 : 2009/01/28 23:45   >>

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ブログを書く暇があったら……、などと言い訳をしてずっと手付かずにしていた我がブログ。書かないなら閉鎖すべきではないかなどと考えていたが10ヶ月ぶりに書くことにした。どうしても観て欲しい映画にめぐり合ったからだ。あまり上映館が多くないので観る機会が少ないかも知れない。ただ、もうすでにDVDになったらしい情報もある。

このところ立て続けに映画を何本か観ているが、「チェ 28歳の革命」に続いて観た、「12人の怒れる男」(2007年製作、監督ニキータ・ミハルコフ)には圧倒された。衝撃とか感動という言葉では不正確な気がする映画の作りと内容の深さを感じたのである。

1957年のオリジナル版はそれはそれでよく出来ているが、今度の作品はそれを超えたのではないかと思える。また、「12人の優しい日本人」(脚本三谷幸喜)も面白かったが映画の質としては比較にならないと思う。ただ、三谷作品は陪審員に女性を加えたのに対し、ミハルコフの陪審員は全員男性だったため女性がいたらとても言えないような発言もされている。

さて、大筋は当然オリジナル版に即しているわけだが、民族問題を抱えたロシアの実情を踏まえた現代社会の矛盾、人間の愚かさ醜さなどが浮き上がってくる内容になっている。審理する事件の内容はチェチェン人の少年が養父であるロシア人将校を殺害したという容疑である。ロシアにおける最高刑は死刑ではなく終身刑であるということもこの映画のミソである。それは最後になって一人一人に考えさせる重要な問題になってくる。陪審員長は初めから無罪であると思っていながら有罪に賛同していたのは実はこのことを踏まえてのことだったのである。それは何故か、観てのお楽しみとしたい。

旅芸人の陪審員が言う。「観客は笑う為に来る。笑うのを待っている。だから役者がまじめなことを言っても冗談だと思っている。役者が観客に唾を掛けても冗談だと思うだろう。それほど今は現実に向き合おうとしない。まともに見ようとしない、考えようとしない。みんな避けているんだ」(注:細部の言い回しに違いがあるかもしれないが)。この場面を観ながら私はお笑い芸人のライブやスタジオやテレビの前に集まった日本人を連想していた。

戦火に荒れたチェチェンの街角、戦車の上に横たわる兵士の死体、その傍らを通る犬らしき物体。そのはっきりしない映像の物体が何であるか、もう少しはっきり見たいと思うところで場面が展開する。その同じショットが途中何度かある。その意味するところが映画を観ている時にはよく理解できなかった。それが最後に種明かしされる。黒澤明監督の「用心棒」の最初のほうのシーンで、犬が切り落とされた人間の手を咥えて走ってくる場面がある。近くで殺し合いがあったことを暗示しているわけであるが、まさにそれと同じく、先ほどの不明瞭な映像が最後のほうの同じシーンではっきりしたものになった時、犬が人間の手を咥えていたのである。私は黒澤作品が世界の映画人にいかに大きな影響を与えていたのか、改めて思い知った。偉大なるかな黒澤明。

この映画を評してロシア中心主義だという意見もあるようだ。しかしこの映画はそういうことよりももっと大きなそして深いものを我々に提示しているのではないか。陪審員12人の性格がそれぞれ違うように一人一人の人生にはそれぞれの重みと味わいがある。見たくない現実は沢山ある。人間の醜い面もたくさん眼にする。それでも人間を信じたい。この映画はそう訴えているようだ。

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