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zoom RSS 憲法改定論議と私の見方(前編)

<<   作成日時 : 2013/06/19 22:18   >>

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 憲法改定論議は自民党が政権に就くたびに顔を出し、消えることがない。「憲法改正」が自民党の党是だから当然といえば当然だが、内閣の色合いによりその強度に違いがある。「安倍内閣」はその点最も強固な信念を持ち、使命とも言える決意を感じる。ましてや、民主党政権の失敗と周辺諸国との軋轢による緊張など安倍政権を後押しするような雰囲気がないともいえない。そういう中で自民党は2005年の『新憲法草案』を見直し、改めて昨年(2012年)4月『日本国憲法改正草案』を決定した。この「改正草案」は旧「憲法草案」に比べてみても、例えば第九条にわざわざ「自衛権の発動を妨げるものではない」と付け加えたり、第九条の二として審判所(軍法会議)の設置を提案したり、第九条の三として「領土等の保全等」を義務付けるなど「自衛軍」を「国防軍」に変更するにとどまらない一層軍事色の濃いものとなっている。

 今回ここで私が検討しようとするのは、自民党の「改正草案」や「日本国憲法」の逐条検討ではなく(いずれしなければならないと思うが)、「憲法改定」論議に表象される今日の日本の情況と今後の展望について考えてみようとするものである。そこには当然、「九条の会」を中心とする憲法擁護派の闘い方だけでなく、その戦略目標についても考えざるを得ないものとなる。

 一口に「改憲派」といってもその動機や改定点はさまざまだ。しかし、どこをどう改定するかは別にして、何となく「変えてもいいのではないか」と思う国民が増えてきているのも事実だ。それはやはり憲法と実態とのギャップ(自衛隊の存在や日本の周辺国を含む国際情勢との関係)に戸惑っている現実があるからだろう。この現実に「憲法擁護派」がどう応え、どう展望を示せるかにこの問題の帰趨がかかっていると思う。したがって、いま私たちがやらなければならないことは、自民党の改憲案を批判するだけでなく対案を出せる力をつけることなのだ。

 自民党の改憲案は総じて統制色の強いものになっている。日本国憲法の三原則である「平和主義」「国民主権」「基本的人権の尊重」については言葉を残しながらも実質骨抜きにしようとしている。天皇の「元首」化、国旗・国歌の尊重義務、元号の規定などをわざわざ明記し、基本的人権についても、「公共の福祉」をすべて「公益及び公の秩序」に変え、「個人」を「人」と表記している。この変更の意味するところは、社会生活の便益とコストを公正に分かち合う「公共」の概念を取り払い、共同体価値的な「人間」と生物学的な「ヒト」との中間的な意味あいを持たせる「人」に変更することによって、自由で平等そして多様な価値観を持つ「個人」の存在を後景に退かせる効果をもたらすことにある。
 
 また、第19条の「思想及び良心の自由」は「これを侵してはならない」から「保障する」へトーンを下げている。極め付きは、「最高法規」の規定から第97条(基本的人権の尊重義務)を削除している。これに対する弁明は多分、第11条と重複しているからだと言うだろうが、その第11条からも「現在及び将来の国民に与えられる」という文章を削除している。これは、「いつまでも保証しませんよ」と言っているに等しいわけだ。その他数多くの問題を含んだ改憲案だがここでは省く。

 ついで、他の政党の改憲案も若干見てみよう。
 民主党の場合には、最近は未だまとまった形では出ていないが、2005年に「憲法提言」というものを出しているのでそれに基づいて検討しよう。理念的言葉としては、「環境国家」と「分権国家」が目に付く。しかし何よりも中心となる思想は国際貢献という名の自衛隊の派遣だろう。これは小沢一郎氏が民主党にいるころ出したものだから、今の「生活の党」にも引継がれている。そして、「生活の党」は「集団的自衛権」も認める方向のようだが、民主党と併せて検討する。実力部隊の派遣は国連の平和維持活動に協力することであり、「平和主義」の実践と位置づけている。しかし、国連の要請であればすべてクリアできるのだろうか。そもそも、国連で最も影響力のある「安全保障理事会」の常任理事国が、いまだに先の大戦の戦勝国という枠組みを維持しており、そこに「拒否権」を与えていることは民主的ではない。そして、加盟国は「武力」を擁していることを前提にしている。このような組織が真の平和組織といえるだろうか。一定の調整、監視機能を果たしているとはいえ、武力の保持、行使は「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とした日本国憲法第9条とは相容れない。だからこそ憲法を変えたいというのだろうが、翻って「国際平和」の精神を原理的に考えてみよう。

 カントは『永遠平和のために』(1795年)の中で、「国家間に永遠の平和をもたらすため」にはその一つとして「常備軍の廃止」が必要だとしている。そこでは、「常備軍が存在するということは、いつでも戦争を始めることができるように軍備を整えておくことであり、ほかの国をたえず戦争の脅威にさらしておく行為である。また常備軍が存在すると、どの国も自国の軍備を増強し、他国よりも優位に立とうとするために、かぎりのない競争がうまれる。こうした軍拡費用のために、短期の戦争よりも平和時の方が大きな負担を強いられるほどである。そしてこの負担を軽減するために、先制攻撃がしかけられる。こうして、常備軍は戦争の原因となるのである。」としている。少し長い引用をしてしまったが、このように言うカントも、人間は自然状態に放置しておけば戦争状態になる、だからこそ平和状態は新たに創出しなければならないとし、それが法であるとしている。また、欲望(利己心)があるからこそ人々を結合させている、それが商業である。したがって、個人間および国家間は法に基づく商取引によって平和を保つことができるとし、最後に、「たんなる空虚な理念でもなく、実現すべき課題である。この課題が次第に実現され、つねにその目標に近づいてゆくこと、そして進歩を実現するために必要な時間がますます短縮されることを期待したい。」と結んでいる。このように日本国憲法前文に掲げる理想主義は自民党が言うような「ユートピア的発想」でもなんでもなく、常にめざすべき目標なのである。この理念を取り下げたならば日本の平和主義はまたたく間に崩壊するだろう。むしろ日本は、国連の「安全保障理事会」の民主的改革に積極的に取り組むべきなのである。そしてその精神的基調は、「相手の立場になって考える」ことでなければならない。

 「みんなの党」と「日本維新の会」についてもふれてみよう。
 「みんなの党」は代表・渡辺喜美氏の所感という形で示されている。渡辺氏は憲法が一度も改正されていないのが我が国の閉塞感につながっているとし、具体的には一院制、首相公選制、道州制、政党規定、直接投票制などの創設を掲げている。また、第96条の改正は急を要しないが改憲は必要だとしている。そして、同じ改憲を主張するにしても復古派とは歴史認識が違うとしている。
 「日本維新の会」はあらためて言うほどのことはなく、現憲法を「占領憲法」というが如く自民党と大差がない。自衛隊を「軍隊」と認め、集団的自衛権を行使できるとしている(「維新」国会議員団表明)。また、「みんなの党」と同じく首相公選制や地方自治体の権限拡大を掲げている(「日本維新の会 綱領」と「維新八策」より)。
 「日本共産党」と「社民党」はいかなる改憲にも反対している。

 さて、このように各政党の方向が示される中で、国民の意識はどの辺にあるのだろうか。朝日新聞の調査とNHKの調査(いずれも2013年4月に調査)を参考にしながら考えてみた。但し、世論調査というのは設問の仕方で微妙に変わるものだから、その辺も考慮に入れておく必要がある。
 大雑把に整理すると、現行憲法は改正する必要があるが、第9条(戦争の放棄)はそのままでよい。改憲の発議要件(第96条)は現在の3分の2以上のままでよい。というところだろうか。(同時期の調査で「憲法改正は必要だ」と答えたのは、NHK41.6%、毎日新聞60%、日本経済新聞とテレビ東京の共同調査で56%だった。)
 ただ、重要項目に関しての賛否には戸惑いが見られる。例えば、NHKの調査では、「どちらともいえない」が「憲法改正」で39.3%、「9条改正」で31.8%、96条の「発議要件」で46.8%となったように、判断を猶予している。これは他の項目でも見られる傾向だが、政党支持率でも、「特に支持している政党はない」が39.4%(NHK)もあることから、一種のモラトリアム状態と言えるかもしれない。国民意識は揺れている。今後の状況でどちらにも動く可能性がある。
(つづく)

 

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