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zoom RSS 読書録(1) 「失われた地平線」(ジェームズ・ヒルトン)

<<   作成日時 : 2007/02/04 20:01   >>

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理想社会を探求する文芸シリーズとして、今まで「ユートピア」(トマス・モア)、「ユートピアだより」(ウイリアム・モリス)、「1984年」(ジョージ・オーウェル)、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(フィリップ・K・ディック)などを読んでみたが、そのように意識せず読んでいた過去を振り返っても、日本を含め世界の文学の多くが何らかの形で理想社会を模索しているものであったことをあらためて感じる。このように文学は人間の営みを見続ける先に理想社会の展望を見出しうるのだという確信が作家の根底にあるからだと思う。

さて、この「失われた地平線」は同名の映画などもあり(私は見ていないが)、シャングリ・ラの名は世界的に知られ、ホテルの名や、はたまた風俗店の名にも使われているほどである。「シャングリ・ラ」とは「桃源郷」のサンスクリット語読みで、「ラ」とは山間の「峠」を意味しているそうである。今はその地とおもわれる旧中甸県はシャングリラ(香格里拉)県に名称変更している。

この小説の構造は、”私”(ウッドフォード・グリーン)が大学の同窓生である作家のラザフォードからある原稿を預かる。その原稿というのはラザフォードの友人で”私”も知己の間柄である”コンウェイ”からラザフォードが聞いた話をまとめたものである。その原稿の中味がこの小説になっている。

時は1931年の5月、インド北部の地バスクールで革命騒動が起り、白人居住者をパキスタン北西部のペシャワールに移動させる措置が取られる。その際、英国空軍の飛行機数機とチャンダポールの回教君主から提供された飛行機1機があった。その飛行機はインド測量探検隊がカシミール地方の高空飛行を行ったこともあるもので、その飛行機にはこの話の主人公であるヒュー・コンウェイ(英国領事)、チャールズ・マリンソン大尉(英国副領事)、ヘンリ・D・バーナード(アメリカ市民。実は金融詐欺で追われているチャーマーズ・ブライアント)、ロバータ・ブリンクロウ女史(東方伝道会)の4人が乗り合わせた。ところがその飛行機はペシャワールに向かわず東方に飛んでいた。それを知った4人の乗客の反応と会話が面白く、この作者の得意とする分野であろうと思われる。乗っ取られた飛行機は遠くチベット秘境の地に着陸するのであるが、着陸時の衝撃で乗っ取った飛行士は死亡する。しかし、死に際に、「谷に沿って行くとラマ教の寺院がある。そこまで行けば食物も宿もある」と言って息を引き取る。そこで4人は谷に沿って歩き出すと迎えに来ていた張老人の一行に会う。4人は一行に守られてラマ教寺院に着くのだが、実は死亡した飛行士(タルー)はラマ教寺院の指令を受けて誘拐したのであることが後に分かる。ここまでがラマ教寺院に着くまでの話であるが、ラマ教寺院での生活が本編を構成している。

ラマ教寺院(シャングリ・ラ)は東西の文化が融合した所となっている。シャングリ・ラにおける最大の美徳は「中庸」であるとされている。そして「時間」は無きに等しいものとなっている。渓谷には中国人とチベット人の混血である住民が数千人住んでいる。みな、清潔で明朗で礼儀正しく勤勉な人々である。そこでは上質な煙草や茶が栽培されており、いろいろな薬草も採れ、金鉱もある。

シャングリ・ラにはいろいろな人が住んでいるが張老人と大ラマを除いて印象的なのはショパンの直弟子であったという”アルフォンス・ブリアック”と”羅簪(ローツェン)”であろう。アルフォンス・ブリアックはショパンの未発表曲を弾きコンウェイはそれを覚える。ローツェンは満州王家の娘で1884年18歳の時、トリキスタンの王子に嫁ぐ道中で災難に遭い、ラマ教寺院に引き取られたのである。彼女はこの小説の舞台である1931年には65歳のはずであるが十代の少女にしか見えない。その彼女がハープシコードを奏でる姿にコンウェイもマリンソンも魅せられてしまう。

ところで、コンウェイらの4人がなぜ誘拐されたのか。コンウェイが大ラマと話す機会を得た時、大ラマより初めて明かされる。それはこの寺院を創設したペロー(カプチン会士。1734年この地にキリスト教の修道院を建立した。大ラマそのものでもあるかも知れないとコンウェイは思っている。)の”憂慮”という形でシャングリ・ラの存在意義を語る中で明らかになる。

「すべて美しいものがはかなく滅びやすく、この世の戦乱や欲望や獣性がいつの日にかそれらをことごとく破砕してしまうかも知れぬ。
「そして、そうした力が陸と海とを廃墟で埋めてしまったならば、やがては空にまで向かうであろう。
「滅び去る時代のひよわく優美な遺物を擁しつつ、人類の欲情の炎がすべて燃え尽きた後に、新しい世界が必要とするに相違ないところの叡智を追求しつつここで生き永らえてゆく。
「その時、初めてキリストの倫理が履行され、柔和なる者は幸福(さいわい)なるかな(マタイ伝、第5章、第5節)……ということになる。
「だからここに、人間の数を絶えず、できるかぎり増強することを願っている」。と語った。
これは現代人への提言を含んでいるものともいえる。

シャングリ・ラにおける4人のそれぞれであるが、コンウェイは中国での滞在経験もあり、ここでの生活に違和感はない。むしろ、カラカル(青い月)山の景観や渓谷の住民の情や寺院内の静穏な雰囲気を気に入っているようである。
マリンソンは現実主義者であるからここの雰囲気になじめず、早くもとの社会に戻りたいと考えている。
バーナードは追われる身であるためここで暮らしても良いと思っている。
ブリンクロウ女史はこの地の住民の改宗に意欲を燃やしている。そんな女史の使命感に対し張老人は次のように諭す。
「ある一つの宗教が真であるからといって、他の一切の信仰が誤っていると考えなければならないでしょうか?
「宝石には多くの切子面がありましてな。
「さまざまな宗教がみなそれぞれに然るべく真実を含んでいると、こう申してもよろしいのですよ」。と言う。

そんなある日、マリンソンにとって絶好のチャンスが来た。人夫の一行が近くに来ているとのことでローツェンを誘って脱出を試みる。しかしそこへ着くまでが難儀で戻って来てしまう。そんなマリンソンに同情してコンウェイも同行することになる。その結果がどうなったのか、この小説は描いていない。ただエピローグで、ラザフォードがコンウェイに偶然会い、船でアメリカに同道する途中、コンウェイは行方不明になってしまうという結末である。エピローグは小説の辻褄合わせのために置いた感が否めない。幻想的ドラマにはこの部分は不要で、そのまま放り投げておいても好かったかもしれない。それよりもむしろ、シャングリ・ラのイメージをもっと膨らませて欲しかったというのがこの小説の読後感である。

最後に、この”シャングリ・ラ”の実在を云々する向きには、プロローグでラザフォードが”私”に残して行った、テルトゥリアヌス(2世紀のキリスト教神学者)の言葉、「不可能なるがゆえに確実なり」を記しておこう。

文献;「失われた地平線」 LOST HORIZON ジェームズ・ヒルトン著(1933年発表) 増野正衛訳 新潮文庫 1959年12月初版

著者ジェームズ・ヒルトン;James Hilton 1900年9月9日 英国で生まれる。サマセット・モームに私淑する。ケンブリッジ大学を1921年に卒業する。1954年12月21日 アメリカ、カリフォルニア州のロングビーチで死亡する。
主な著作;「学校の殺人」(1931年)、「鎧なき騎士」(1933年)、「チップス先生さようなら」(1934年)、「心の旅路」(1941年)、「めぐり来る時は再び」(1953年)など。




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